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    聖書に対する洞察,第2巻
    • 海岸沿いやその近辺には,海港の町アタリア,ケストロス(アクス)川沿いのペルガ,シデといった幾つかの主要都市がありました。それらの都市では,沿岸の海賊が略奪品を売り,奴隷市場も存在していました。パウロとバルナバとヨハネ・マルコはキプロスのパフォスから北西に航行して海を渡り,「パンフリアのペルガに着(き)」ました。彼らがアタリアで上陸し,ペルガまでの十数キロの陸路を進んだのか,あるいは直接ペルガまで航行したのかはっきりとは分かりません。古代のケストロス川は少なくともペルガまで航行可能であったと伝えられています。ヨハネ・マルコはこのペルガで同行の二人から別れてエルサレムに戻りましたが,パウロとバルナバは北へ進み,山地を通ってピシデア(ガラテア州)のアンティオキアに行きました。(使徒 13:13,14; 15:38; 27:5)そのルートは盗賊が出ることで有名でした。(コリ二 11:26と比較。)帰路において,その二人のクリスチャンはパンフリアを通ってペルガまで旅をし,そこで宣べ伝えました。次いで二人はアタリアの港に行って,そこからシリアのアンティオキアへ向けて出帆しました。―使徒 14:24-26。

  • 使徒パウロの宣教
    聖書に対する洞察,第2巻
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