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アドミム聖書に対する洞察,第1巻
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この山ぞいの道はアラビア語でタルアト・エ・ダンム(「血の上り坂」の意),ヘブライ語ではマアレ・アドミム(「アドミムの上り坂」の意)と呼ばれています。古代の著述家の中には,強盗や追いはぎによって血が流されたことがその名の由来であるとした人もいますが,所々露出している黄土のせいで土壌が赤みを帯びているためという説明のほうが当たっているように思われます。この道はその一帯が荒涼としているため,また物取りの横行で常に危険なため,早い時代から砦が維持されて旅人を保護してきました。このようなわけで,隣人愛に富むサマリア人に関するイエスの例えに出て来る,『エリコに下って行く途中の』旅人が襲撃された場面はこの場所のことではないかと言われています。―ルカ 10:30-37。
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例え聖書に対する洞察,第2巻
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(10)隣人愛に富むサマリア人(ルカ 10:30-37)。 ルカ 10章25-29節に記されている背景からすると,この例えは,「わたしの隣人とはいったいだれでしょうか」という質問の答えとして語られたことが分かります。この例えから得るべき正しい結論は,36節と37節に記されています。
エルサレムからエリコに向かう道は,頻繁に強盗が出没する荒涼とした寂しい地域を通っていました。非常に危険な道だったので,やがてそこに旅人を保護する守備隊が駐在するようになりました。1世紀のエリコはエルサレムの東北東約21㌔の所にありました。律法は「隣人」に対して愛を働かせるよう命じていましたが,イエスはその「隣人」の実体を明らかにするため,強盗に遭って半殺しにされた人に対する祭司とレビ人の反応について語られました。祭司はエルサレムの神殿で犠牲をささげるよう割り当てられていた人々であり,レビ人は彼らを補佐していました。サマリア人は五書<ペンタチューク>に示されている律法を認めていましたが,ユダヤ人は彼らを隣人とはみなさず,実際,彼らとは交渉を持とうとしませんでした。(ヨハ 4:9)ユダヤ人はサマリア人を甚だしく軽べつしていました。(ヨハ 8:48)また,会堂で公にサマリア人をのろったり,サマリア人がとこしえの命にあずかれないよう日々神に祈ったりするユダヤ人たちもいました。けがをした人の傷口には油とぶどう酒が注がれましたが,それらは傷をいやす目的でしばしば用いられていました。けが人を世話するため,サマリア人が宿屋の主人のもとに置いていったデナリ二つは,ほぼ二日分の賃金に相当しました。―マタ 20:2。
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