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ペダヤ聖書に対する洞察,第2巻
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3. エホヤキン(エコニヤ)王の子のうち3番目に名前を挙げられている人で,バビロンでの流刑中に生まれました。ペダヤは流刑後の総督ゼルバベルの父となったので,イエスに達する家系をつなぐ重要な人物の一人でした。(代一 3:17-19)記録されていない何らかの事情のため,ゼルバベルはペダヤの兄弟シャルテルの子とも呼ばれています。ゼルバベルが幼い時にペダヤが死んだとすれば,シャルテルはゼルバベルを養子にしたのかもしれません。あるいは,シャルテルが息子をもうける前に死んだとすれば,ペダヤは義兄弟結婚を行なって,兄弟であるシャルテルの名によってゼルバベルの父となったのかもしれません。―エズ 5:2; マタ 1:12。
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シャルテル聖書に対する洞察,第1巻
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ゼルバベルの父について: ペダヤがそうであるとされている所が1か所(代一 3:19)ありますが,他のすべての例では,ペダヤの兄弟シャルテル(代一 3:17,18)がそのように呼ばれています。(エズ 3:2,8; 5:2; ネヘ 12:1; ハガ 1:1,12,14; 2:2,23; マタ 1:12; ルカ 3:27)息子ゼルバベルがまだ少年の時にペダヤが死んだとすれば,ペダヤの最年長の兄のシャルテルがゼルバベルを自分の子として育てたのかもしれません。あるいは,シャルテルが子を持たずに死んで,ペダヤが兄のためにレビレート婚を行なったとすれば,ペダヤがシャルテルの妻によってもうけた子はシャルテルの法律上の相続人となったことでしょう。
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