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アラム語聖書に対する洞察,第1巻
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エズラ記,エレミヤ書,およびダニエル書で目にするのは,この公用アラム語と思われます。聖書もまた,アラム語がそれら古代の時期に国際共通語<リングア・フランカ>だったことを示す証拠を提出しています。例えば,西暦前8世紀にユダのヒゼキヤ王の任命された代弁者たちは,アッシリアの王セナケリブの代表者ラブシャケに次のように懇願しました。「どうか,シリア[アラム人の,したがってアラム]語で僕どもに話してください。わたしたちは聴いておりますから。城壁の上にいる民の聞こえるところでは,わたしたちにユダヤ人の言語で話さないでください」。(イザ 36:11; 王二 18:26)ユダの役人たちはアラム語つまりシリア語を理解しましたが,当時のエルサレムにいたヘブライ人の一般の人々はそれを理解することができなかったようです。
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ヘブライ語聖書に対する洞察,第2巻
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西暦前8世紀に,ヘブライ語とアラム語の相違は両者を別個の言語とみなせるほど大きくなっていました。これは,ヒゼキヤ王の代表者がアッシリアの王セナケリブの代弁者に,「どうか,僕どもとシリア語[アラム語]で話してください。わたしたちは聴くことができますから。城壁の上にいる民の聞こえるところでは,わたしたちとユダヤ人の言語で話さないでください」と要請したことから分かります。(王二 18:17,18,26)アラム語は当時,中東の国際共通語<リングア・フランカ>で,国際外交上の意思伝達の手段として使われていましたが,大半のユダヤ人には理解されていませんでした。アラム語で書かれた,聖書とは無関係の最初期の文書で,今日知られているものは大体同じ時期のものであり,それらの文書はこれら二つの言語の間の相違を確証しています。
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