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  • 油そそがれる,油そそぎ
    聖書に対する洞察,第1巻
    • 人が頭に油を注がれなくても神によって任命されたゆえに,油そそがれた者とみなされた例もあります。この原則は,エホバがエリヤに,ハザエルをシリアの王として油そそぎ,エヒウをイスラエルの王として,またエリシャをエリヤに代わる預言者として油そそぐようお告げになった時に明示されました。(王一 19:15,16)その後の聖書の記録には,エリシャの仲間であった預言者の子らの一人がエヒウをイスラエルの王とするために文字通りの油で実際にエヒウに油そそぎを行なったことが示されています。(王二 9:1-6)しかし,ハザエルとエリシャに関しては,だれかが油を注いだという記録はありません。モーセは油を注がれませんでしたが,キリスト,すなわち油そそがれた者と呼ばれました。なぜなら,モーセはエホバによってその預言者ならびに代表者,またイスラエルの指導者ならびに救出者として任命されたからです。(ヘブ 11:24-26)もう一つの適切な例は,ペルシャの王キュロスです。イザヤは,エホバがキュロスをご自分の油そそがれた者としてお用いになることを予告しました。(イザ 45:1)キュロスはエホバの代表者の一人によって実際に油を注がれたわけではありませんが,特定の業を行なうようエホバによって任命されたので,油そそがれた者と言うことができました。

  • 姿勢と身ぶり
    聖書に対する洞察,第1巻
    • 任命 油そそぎ。職務や権威ある立場への任命を明らかにするために一定の動作が取られました。祭司の職に就く際,アロンは聖なるそそぎ油で油そそがれました。(レビ 8:12)王も油そそぎを受けました。(サム一 16:13; 王一 1:39)ペルシャの王キュロスは神を代表する者によって実際に油をそそがれたわけではありませんが,バビロンを征服して神の民を解放する任命を受けていたので,比喩的な意味でエホバの油そそがれた者と述べられています。(イザ 45:1)エリシャは任命を受けることにより『油そそがれました』が,油を実際にそそがれたことは一度もありませんでした。(王一 19:16,19)イエスはみ父エホバにより,油ではなく,聖霊をもって油そそがれました。(イザ 61:1; ルカ 4:18,21)クリスチャン会衆を構成する,霊によって生み出されたイエスの兄弟たちは,キリストを通して油そそがれます。(コリ二 1:21; 使徒 2:33)このようにして油そそがれることにより,彼らは神の奉仕者としての任命と使命を受け,その資格を得るのです。―ヨハ一 2:20; コリ二 3:5,6。「油そそがれる,油そそぎ」を参照。

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