-
核時代にあって神の言葉を恐れずに語るものみの塔 1984 | 3月15日
-
-
核時代にあって神の言葉を恐れずに語る
「神の言葉を恐れずに語る」― フィリピ 1:14。
1 原子核を持つ原子の創造者は,人々が過去48年間,恐れずに何を語るようにさせてこられましたか。
わたしたちは核時代のただ中にいます。全世界は今,核戦争の脅威にさらされています。原子核を持つ原子を創造された全能者はそのことをよくご存じです。世界中で宣べ伝えられる必要のある,この現代にかかわる神の言葉とは何でしょうか。今日その方は,『亜麻布をまとい,わき腹に書記官のインク入れを帯び,[しるしを付ける業を行なう比喩的な]人』を持っておられます。
2 しるしを付けるためのどのような業が進展してきましたか。どんな目的のためですか。
2 この「人」は,神を崇拝すると称えるキリスト教世界の宗教的な領域で特に行なわれているすべての忌むべきことについて泣き,また嘆息する人々の額にしるしを付けてきました。(エゼキエル 9章)これらの人々は,第一次および第二次世界大戦中に見られたキリスト教世界の僧職者の行動の仕方を思い起こし,生じ得る世界的な規模の核戦争に際して,それらの宗教指導者たちが行なうと当然考えられる事柄について心配しています。彼らは,いわゆるキリスト教の指導者たちにより良い事柄を期待し,このはなはだしく不道徳で暴力的な,また宗教的に分裂した世で僧職者たちが大目に見ている事柄について大変困惑しています。早い時期の滅びが定められている事物の体制において,正しい心を持つこれらの人々は,保護されて,新しい,義の事物の体制に入るためのしるしを付けられています。
3 予想され得る大規模な絶滅について嘆き悲しむよりも,何について嘆き悲しむほうが重要ですか。しるしを付ける業を行なうためには何が求められてきましたか。
3 世の事柄が改善されている様子は見られません。キリスト教世界内外の正しい心を持つ非常に多くの人の場合,間もなく暴虐により,ひとり残らず絶滅させられるということに対する恐怖心を和らげるものは何でしょうか。もちろん,そうした人々は物事の状態を嘆き悲しんでいるかもしれません。しかし,非常に重要なことですが,彼らは聖書の神のみ名が関係しているゆえに,そして神の民であると主張する人々の進めてきた方法が原因でそのみ名が非難の対象とされているゆえに嘆き悲しんでいるのでしょうか。それにしても,これら嘆き悲しむ人々のうちのますます多くの人にしるしを付けている『亜麻布をまとった[比喩的な]人』とはだれですか。また,その人はどのようにそうしているのですか。しるしを付けるこの業はキリスト教世界の僧職者から感謝されておらず,彼らからの激しい反対を受けてきました。したがって,しるしを付ける業を行なうには,何ものをも全く恐れない気持ちが求められました。
4 しるしを付ける業を行なう人はだれによって予表されましたか。現在そのしるしを付ける業を行なう人々にはどのような資格が求められますか。
4 しかし,1935年以降,その業は一層大きなはずみが付いて前進しました。その業は,イエス・キリストを通してエホバ神に献身したクリスチャンの級によって,つまり古代イスラエルの祭司であった預言者エゼキエルによって予表されていた人々によってなされてきました。エゼキエルは,『亜麻布をまとい,わき腹に書記官のインク入れを帯びていた人』の幻を見た人でした。それらのクリスチャンは,エゼキエルが献身していたその同じ神に献身しているため,エゼキエルのようにエホバの証人です。1984年における現代のエゼキエルは祭司級であり,霊的イスラエルに属しています。使徒ペテロは,その霊的イスラエルに対し,ペテロ第一 2章9節にある次のような言葉を書き送りました。「しかしあなた方は,『選ばれた種族,王なる祭司,聖なる国民,特別な所有物となる民』であり,それは,闇からご自分の驚くべき光の中に呼び入れてくださった方の『卓越性を広く宣明するため』なのです」。
5 エホバが大祭司の職につけると誓われた人のもとには,どれほど多くの従属の祭司がいますか。
5 ですからわたしたちは,今日のエゼキエル級が,大祭司であられるイエス・キリストのもとにある従属の祭司として霊的な方法で仕える人々で構成されていることを理解しています。イエス・キリストは,エホバ神が,古代のサレムの王,また「至高の神の祭司」であった「メルキゼデクのさまにしたがう」祭司職につけると誓われた方です。(詩編 110:4。創世記 14:18。ヘブライ 5:10; 6:20; 7:10,11,15-17)使徒ペテロが手紙を書いた西暦1世紀以降,エホバ神は,大祭司イエス・キリストのもとで最終的に14万4,000人となるこの「王なる祭司」の成員を選んでこられました。―啓示 7:1-8; 14:1-4。
6 「王なる祭司」のうち,まだ地上で肉体のままでいる人はどれ程いますか。彼らはどんな比喩的な人として奉仕しますか。
6 1983年3月29日に行なわれた主の晩さんの祝いに関する全世界の報告によると,今日地上でまだ肉体のままでいる「王なる祭司」の成員は,少数の残りの者に過ぎません。これらの人々は,ふさわしい人々の額にしるしを付ける,亜麻布をまとった比喩的な人として共に奉仕します。
7 亜麻布をまとい,インク入れを帯びている人によって予表されていた今日の人々は,彼らのためにエホバが何を行なわれることに信頼を置くべきですか。
7 古代の預言者エゼキエルは,当時のイスラエル人の反対者たちへの恐れを振り切るために大きな勇気を奮い起こさなければなりませんでした。しかし全能の神は,エゼキエルの顔を,敵対者たちの顔と同じく,いやそれ以上に固くすると約束されました。ですからエゼキエルは,単なる人間の反対者たちを恐れてはなりませんでした。(エゼキエル 2:4; 3:8。イザヤ 51:12)同様に,亜麻布をまとい,わき腹にインク入れを帯びた人によって予表されていた級を構成する,霊によって油そそがれたクリスチャンの残りの者も,キリスト教世界内外の反対者たちの固くされた顔にひるむことなく立ち向かえるよう,エゼキエルの神が彼らの顔を固くされることに信頼を置く必要があります。
8 イエスは,今日にふさわしいどんな教訓をお与えになりましたか。
8 19世紀前にエホバの主要な使者であられるイエス・キリストは,ご自分の弟子たちを,彼ら自身の国で神の言葉を恐れずに語るようにとの使命を与えて派遣されました。イエス・キリストは彼らを送り出す前に,「体を殺しても魂を殺すことのできない者たちを恐れてはなりません。むしろ,魂も体も共にゲヘナで滅ぼすことのできる方を恐れなさい」と言われました。(マタイ 10:28)加えて,聖書巻末の書の中では,わたしたち自身の時代の油そそがれた残りの者にこう告げておられます。「あなたが受けようとしている苦しみを恐れてはならない。見よ,悪魔はあなた方のうちのある者たちを次々に獄に入れるであろう。それは,あなた方が十分に試されるため,また十日のあいだ患難に遭うためである。忠実であることを死に至るまでも示しなさい。そうすれば,命の冠をあなたに与えよう」。(啓示 2:10)これらは,何と大きな勇気を与える言葉なのでしょう!
9 (イ)今日,非常に大勢のエホバの証人が投獄されていることは,彼らが上に記されたどのような指示に従っていることを示すものですか。(ロ)パウロの場合,どんな逆の影響のあったことが示されていますか。
9 業が禁止されたり法的に制限されたりしている40以上の国々に今エホバの証人がいることを思い起こすとき ― そのクリスチャンの数は,西暦一,二世紀に投獄された人の数を上回るに違いありません ― 今日のエホバの証人は,投獄を含め,自分たちが経験しなければならない事柄を恐れません。クリスチャンの投獄は,敵の意図した事柄とは逆の影響を仲間のクリスチャンたちに及ぼすことができるのです。投獄されていた使徒パウロは,拘禁されていた状態で次のように書きました。「主にある兄弟たちの多くは,わたしが獄につながれたことのために確信を持ち,神の言葉を恐れずに語る勇気をいよいよ示しているのです」― フィリピ 1:14。
10 (イ)今日のエホバの証人は,どんな源からの音信を語るよう任命されていますか。(ロ)彼らは,19世紀前の使徒たちと似たどんな立場を取らなければなりませんか。
10 今日でもパウロの時代と同じように,エホバの証人が恐れずに語っているのは,人間の考えた音信ではありません。それは,至高の神であられるエホバの霊感による言葉,聖書から出た時宜にかなった音信です。神はそのみ言葉の中で,献身してバプテスマを受けた民に,あなた方はわたしの証人となり,わたしの神性と王権とを証ししなければならない,と述べておられます。(イザヤ 43:10,12)神がご自身の絶対確実な言葉を語るよう彼らに告げておられる以上,立場の高い低いに関係なく,どんな被造物に,その言葉を語るのをやめるように命じたり強制したりする権利や権限があるでしょうか。1,900年前のクリスチャンの使徒たちが政府当局者に対して述べた,「わたしたちは,自分たちの支配者として人間より神に従わねばなりません」という立場を取らなければなりません。―使徒 5:29。
11 人間は,核爆弾を発明することにより自らを神としましたか。王国の音信が語り告げられることに反対する彼らの権威についてはどうですか。
11 人間は核爆弾を発明したことによって,自らを神々にしたわけではありません。ですから彼らは,その核爆弾の用い方に関して至高の神に申し開きをしなければなりません。(詩編 82:6,7,参照。)抑止力としての核爆弾を製造することにより,諸政府はイエス・キリストによる神の王国の関心事を推し進めるよりも,地に対する自らの支配を永続させることを追い求めます。彼らは,イエス・キリストの今日の真の従順な追随者たちが行なっているその王国をふれ告げる業に憤りを感じ,その業を妨害します。この核時代によって,次に述べるキリストの預言的な言葉が時代遅れになったわけでも,実際的な価値を失ってしまったわけでもありません。「これら[の事柄]は苦しみの劇痛の始まりです。あなた方は,自分自身に気を付けていなさい。人々はあなた方を地方法廷に引き渡し,あなた方は会堂で打ちたたかれ,わたしのために総督や王たちの前に立たされるでしょう。彼らに対する証しのためです。また,あらゆる国民の中で,良いたよりがまず宣べ伝えられねばなりません。しかし,人々があなた方を引き渡そうとして引いて行くとき,何を話そうかと前もって思い煩ってはなりません。何であれその時に[話すように]与えられること,それを話しなさい。あなた方が話しているのではなく,聖霊が話しているのです」― マルコ 13:8-11。
12 激しい反対があっても,まず何が宣べ伝えられるべきでしたか。これは,何に関する非常に顕著なしるしとなるはずでしたか。
12 世界の苦しみの劇痛は1914年に始まりました。イエス・キリストの忠実で従順な追随者たちに対する予告されていた迫害がその後に生じ,それは今日に至るまで続いています。すべての証拠は,わたしたちが「事物の体制の終結」に生きていること,そうです,この核時代におけるその壮大なクライマックスへと近づいていることを示しています。(マタイ 24:3。マルコ 13:3,4)しかし,完全な終わりが到来する前に,「良いたより」が「まず宣べ伝えられ」ねばなりません。したがって,王国のためにこのように『神の言葉を恐れずに語る業』は,わたしたちが「事物の体制の終結」に生きていることを示す最も顕著な証拠の一つです。―マタイ 24:14。
神の言葉を食べ,それを世界中に語り告げる
13 第一次世界大戦後,油そそがれた残りの者は,啓示 10章に記されているのと同じどんな経験をしましたか。そしてさわやかにされた後にどんな命令が与えられましたか。
13 使徒としてイエスに選ばれた弟子たちのうち最後まで生き残っていたヨハネは,西暦1世紀の終わり近くに地上でのその生涯を終えました。1914年以後のこの「事物の体制の終結」の期間中,エホバの霊で油そそがれた,献身してバプテスマを受けたクリスチャンの残りの者が存在してきました。この残りの者は,聖書の正典中の最後の書である啓示の書の筆者,ヨハネによって予表されていました。戦後の最初の年1919年にこの残りの者は,ヨハネが啓示 10章で自分自身に関して描写した経験と同じような経験をしました。この経験は,「神の秘義」,つまり神の「神聖な奥義」が終了させられるほぼその時期に生ずることになっていました。(啓示 10:7,欽定訳; 新世界訳)ヨハネによって予表されていたこの現代の級を構成する人々は,彼らに差し出された,甘い味のする「小さな巻き物」を食べることにより,いわば霊的にさわやかにされた後,事実上,「あなたは,もろもろの民・国民・国語,また多くの王たちに関して再び預言しなければならない」と告げられました。―啓示 10:10,11。
14 パトモス島の使徒ヨハネに与えられた使命は,だれを通して遂行されますか。
14 パトモス島にいた使徒ヨハネが,老齢の身でこうした広い範囲に及ぶ奉仕の割り当てを遂行できたかどうかを示す霊感による記録はありません。しかし,ヨハネが予表していた今日の油そそがれた人々についてはどうですか。この級は,ヨハネの預言的な身分を全うし,ヨハネに対する使命を十分に遂行している級です。「あなたは……再び預言しなければならない」という表現は,証しの業の自由な遂行が,パトモス島に流刑にされたことにより,妨げられていることを示します。その島でヨハネに語られた事が,実際には今日におけるヨハネの現代版のために意図されたことは明らかです。そうした事実があるため,わたしたちは次のように尋ねざるを得ません。エホバの証人は幾つの国で,また幾つの言語で神の言葉を恐れずに語り,『王国のこの良いたよりを,証しのために人の住む全地で』宣べ伝える努力を払っているでしょうか。―マタイ 24:14。
15 現在のところ,宣べ伝える業はどの程度まで行なわれていますか。
15 「1983 エホバの証人の年鑑」によれば,205の国々からの報告があり,約190の言語で聖書文書が発行されています。これらの国々には,部族や氏族や派,それに方言も異なる,黒人,白人,黄色人種,赤い膚や褐色の膚の人々がいます。第一次世界大戦後は位に座す「王」の数が極端に減少しましたが,現在は別のさまざまなタイプの政治支配者たちが職務に就いています。彼らの正式の名称や政治形態がどんなものであろうと,今日エホバの証人たちが伝える音信は彼らすべてに関係があり,適用されます。数多くの国においてエホバの証人が禁令下に置かれていることは,この事実を証明します。
16 したがって,どのようなふれ告げる業が,押しとどめられないものとして前進していますか。それは,何を求める世界の指導者たちの宗教的な祈りにもかかわらず行なわれていますか。
16 したがって,世界の統一を推し進め,それを維持する手段として設立された国際連盟,およびその後身である国際連合の存在にもかかわらず,キリストによる神の王国が人類に対する唯一の希望であるということを恐れずにふれ告げる業は前進しており,だれもそれを押しとどめることができません。このような「王国の良いたより」も,世の支配者たちにとっては「良い」ものには思えませんでした。それが,悩みを抱えた人類にとって良いもの,そうです,最善のものと彼らが考えてきた事柄とはなはだしく異なっているからです。彼らは,地上の事柄を自分の仕事として自分たちで世話できると考えます。彼らが超人間的な助けの必要を感じる場合でも,実際には,彼らの政治的な祈りが届いたのは「この世の神」までであり,それ以上の所には届いていません。「王国のこの良いたより」の神聖な創始者は,悪魔サタンを神とする「この世」を支持してはおられません。―コリント第二 4:4,欽定訳。
17 (イ)書き記された神の言葉が,反対者たちによって絶やされなかったのはなぜですか。(ロ)そのみ言葉は,だれによって1919年以来声に出されてきましたか。
17 預言を収めた聖書は,神の言葉が不定の時までのものであり,それが永久に存続すると大胆に宣言しています。(ペテロ第一 1:23-25)今日に至るまで,これらの言葉に対する反証は上がっていません。神の霊感によって書き記された言葉である聖書は,宗教的な禁令や焚書によって聖書を絶やそうとするあらゆる人間の努力にもかかわらず,完全にはぬぐい去られませんでした。それに応じて,書き記されたその神の言葉が宣べ伝えられるためには,人がそれを声に出し,聞くことができるものとする必要がありました。神のその言葉を恐れずに語る業は,戦後の1919年以来エホバの証人により揺らぐことなく前進してきました。恐れずに語る人々を握りつぶそうとする激怒した反対者たちの試みにもかかわらず,それを語る口の数は増加しています。
18 エホバはいつまで,そのような人々の額を固くし続けられますか。
18 頭の固い反対者たちの反対が滅びによって押しとどめられるまで,彼らに立ち向かうよう,天におられるそのみ言葉の与え主が,これからも現代のエゼキエル級と彼らの勇敢な仲間たちの額を金剛石のように固くされるということに疑いをさしはさむ余地が少しでもあるでしょうか。全くありません! その方は今日に至るまでご自分の証人たちの道を成功させてこられました。その方は,『もろもろの民・国民・国語,また王たちに関して再び預言すること』が恐れのない態度のうちに完遂されるまで,彼らの道を絶えず繁栄させます。神がそのように行なわれることを期待できます。それはご自身の誉れとなり,ご自分の宇宙主権の立証ともなるのです。
-
-
恐れの満ちた世で神の言葉をあまねく広めるものみの塔 1984 | 3月15日
-
-
恐れの満ちた世で神の言葉をあまねく広める
1 人類史上最も偉大な預言者は,世の恐れに関するどんな類例のない状態について予告しましたか。
人類史上最も偉大な預言者であられたイエス・キリストは,1914年における第一次世界大戦のぼっ発と共に始まった世界の変革期に関し,国際的に見られる精神状態を次のように予告しました。「人々は,人の住む地に臨もうとする事柄への恐れと予想から気を失います。天のもろもろの力が揺り動かされるからです」― ルカ 21:26,27。
2 恐れに屈していないのはだれですか。なぜ恐れに屈しないのですか。
2 しかし,奇妙に思えるかもしれませんが,恐れに満たされることも,無力感に捕らわれて気を失うこともない人々が存在しています。それは,今205の国々にいるエホバの証人たちです。彼らは,「しかし,これらの事が起こり始めたら,あなた方は身をまっすぐに起こし,頭を上げなさい。あなた方の救出が近づいているからです」というイエスの勧め通りのことを行なっています。―ルカ 21:28。
3 メシアの王国がイスラエルのエルサレムに樹立されていないのはなぜですか。国際連盟とその後身が核時代を防げなかったのはなぜですか。
3 今日,「諸国民の定められた時」,つまり「異邦人の時」が1914年の後半に終わったことと,その時にイエス・キリストによるエホバ神の約束された王国が敵のただ中で支配を開始するため天に据えられたということは,以前にも増して確証されています。(ルカ 21:24,新世界訳; 欽定訳)ですから,そのメシアの王国は今日に至るまで,地上のエルサレムには樹立されていません。また,論理的に言って,国際連盟は「地上における神の王国の政治的表現」とはなれませんでした。同連盟の後身である国際連合は,35年以上運営されてきましたが,キリスト教世界の祈りには答えることができず,核時代を防いでいません。
4 国際連盟は,確かに何に対する陰謀でしたか。
4 第一次世界大戦の終わり近くに国際連盟が提唱されたちょうどそのころから,エホバの証人たちは,王の支配するキリストによるエホバの政府という本物に代わる,そのような人間製の代用物は失敗に帰す,という警告を恐れずに与えてきました。彼らはイザヤ 8章12節の預言により,自分たちの行動を導いてきました。そこにはこう記されています。「この民が,連合だ,というものすべてに対して,なんじらは,連合だ,と言ってはならない。なんじらは彼らの恐れを恐れてはならず,不安に思ってもならない」。(欽定訳)その人間製の計画は確かに「陰謀」,そうです,キリストによる神の王国という貴重な関心事に敵対する陰謀です。(新世界訳,改訂標準訳)では,どうしてそれが王の王であられるエホバ神の祝福と後ろだてを得られるでしょうか。
5 (イ)「巻き物」の内容にもかかわらず,エゼキエルが「一つの書の巻き物」を食べた時,どんな味がしましたか。(ロ)神の証人として仕えるため,神の言葉をわたしたちの口に入れていただくのはどんな種類の経験ですか。
5 エホバの証人が今なお引き続きふれ告げている王国の音信は,別のことに関心を向けている世にあっては確かに挑戦となります。彼らは,預言者エゼキエルが,西暦前607年のバビロニア人によるエルサレムの滅びの数年前,バビロンの地で捕らわれ人となっていた時に経験したのと同じことを経験しました。エゼキエルは,パトモス島にいた後代の使徒と同じく,「一つの書の巻き物」を与えられました。その預言者は,「それは表も裏も書き込まれていた。それには哀歌と,うめきと,どうこくが書かれていた」と述べています。(エゼキエル 2:9,10)この「一つの書の巻き物」を食べるようにとの神の指示に従った後でエゼキエルは,「それはわたしの口の中にあって,その甘いことは蜜のようであった」と説明しています。(エゼキエル 3:1-3)今日,わたしたちのうちのだれにとっても,神の音信を担う者として仕えるため神の言葉を口の中に入れていただくのは,そのみ言葉の内容すべてのいかんを問わず,たとえそれが哀歌と,うめきと,どうこくであったとしても,甘い特権です。(詩編 19:7-10と比較してください。)エホバの証人は,戦後の年1919年以来,神の言葉を食べた後,啓示された神の言葉を重んじています。その神の言葉は,文字通りのはち蜜がヨナタンを強めたように,彼らを強めました。―サムエル第一 14:26,27。
6 神の復しゅうの日が近づくにつれ,勇気が求められるのはなぜですか。しかし,エホバの証人は何を確信することができますか。
6 「わたしたちの神の側の復しゅうの日」が速やかに近づくにつれ,エホバの証人の側としては,近い将来,人間社会全体に生じる「哀歌と,うめきと,どうこく」を指摘するために勇気が必要です。(イザヤ 61:1,2)危機に面したこの世の,救出を求める人々は,エホバの証人の口にあるそのような情報に耳を傾ける気がありません。しかし,神の言葉を広めるために神が彼らを遣わされた以上,彼らは,神がまさにその復しゅうの日に至るまで自分たちを支えてくださることを確信できます。
7 エホバはどのようにエゼキエルをその割り当てにふさわしい者とされましたか。
7 人々の耳を背けさせるのは愉快なことではありませんが,神がエゼキエルに言われた次の言葉に留意しましょう。「イスラエルの家についていえば,彼らはあなたの言うことを聴くことを望まない。わたしの言うことを聴くことを望んでいないからである。イスラエルの家の者はみな頭が固く,心が固いからである。見よ,わたしはあなたの顔を彼らの顔と全く同じように固くし,あなたの額を彼らの額と全く同じように固くした。わたしはあなたの額を金剛石のようにし,火打ち石よりも固くした。あなたは彼らを恐れてはならない。彼らの顔を見て恐怖の念を抱いてはならない。彼らは反逆の家だからである。……そして行って,流刑の民,あなたの民の子らの中に入れ。彼らが聞こうが聞くまいが,あなたは彼らに話し,『主権者なる主エホバはこのように言われた』と言わなければならない」― エゼキエル 3:7-11。
8 エゼキエル級は,第一次世界大戦後の険悪な状況にどのように直面しましたか。もし僧職者が耳を傾けていたらどうなったでしょうか。
8 このような険悪な状況は,神の霊により神の霊的な子として生み出され,神の霊によって油そそがれて神の任命された証人となったクリスチャンの残りの者の直面した状況でした。彼らは20世紀のエゼキエル級を構成します。したがって彼らもエゼキエルと同様,霊的イスラエル人であると主張することのある,職業的でこれ見よがしに聖職に納まっているキリスト教世界の僧職者たちの険悪な表情ゆえにしりごみしたりはしませんでした。もしこうした宗教指導者たちが顔を和らげ,1919年以来油そそがれた残りの者がふれ告げてきた王国の音信に従順に耳を傾けていたら,キリスト教世界は,第一次世界大戦よりもはるかに規模が大きく,世界中に多くの損害をもたらした第二次世界大戦に突入することはなかったでしょう。
9 残りの者と彼らの献身した仲間は,どのようにその割り当てにふさわしい者とされてきましたか。
9 国際連合機構があっても核戦争の脅威が増し加わっている今日,宗教指導者たちは王国宣明者たちに対する顔つきを変えていません。それで,王国の大使である油そそがれた残りの者と,あらゆる国民から来た献身してバプテスマを受けたその仲間たちは,宗教上の頑強な反対を考え,金剛石のように自らの顔を固くしなければなりませんでした。彼らは,あくまでも神の言葉を恐れずに語り続けます。
10 僧職者と教区民は,どんな理由でエホバの証人の述べることに耳を傾けるべきでしたか。そしてこのような宗教家たちは,これからどんな事実を認めなければなりませんか。
10 とりわけキリスト教世界の僧職者と教区民は,エホバの証人の音信と忠告を理解して然るべきでした。証人たちは自分たちが話すべき事柄を聖書から,いわゆるキリスト教の世の宗教家たちが受け入れていると称し,彼らの聖書協会が多くの言語であまねく広めているその同じ聖書から引き出します。エホバ神がエゼキエルに言われた通りの事態が生じてきたのです。その言葉は新世界訳によれば次の通りです。「そして,顔が不遜で,心の固い子ら ― わたしは彼らのもとにあなたを遣わすのである。あなたは彼らに言わなければならない,『主権者なる主エホバはこのように言われた』と。そして彼らについていえば,彼らが聞こうが聞くまいが ― 彼らは反逆の家であるので ― 彼らは預言者が自分たちの中にいたことをも必ず知るようになる」― エゼキエル 2:4,5。
11 キリスト教世界は,エホバからの使命を受けた残りの者に対しどのような特質を示してきましたか。エホバは,どのように残りの者が挑戦となるこの使命を遂行できるようにされましたか。
11 顔の不遜さと心の固さは,主権者なる主エホバがこの「事物の体制の終結」の時期に最終的な音信を伝えるようにとの使命をお与えになった油そそがれた残りの者に対し,霊的イスラエルであると称するキリスト教世界の側が示してきたものです。(マタイ 24:3,14)全能の神は,この油そそがれた残りの者が挑戦となるこの使命を引き受け,それを遂行するように鼓舞する,何ものをも恐れない態度をエゼキエルの現代版の中に吹き込むことができることをご存じでした。
12 このようにして,エホバはどんな偽りの非難を退けておられますか。また関連のあるどんな出来事により,エホバに清い記録が残されますか。
12 非難すべきところのない神は,怠慢であると非難される可能性,つまり危険にさらされている人々に対するふさわしい警告を与えてこなかった,とされる可能性すべてを退けることを意図してこられました。わたしたちがどんな者であるかということがあらわにされるところまで,状況は次第に変化しつつあります。その時,注意を払ってこなかった人々は,エホバからの預言者が自分たちの中にいたという事実を潔く告白せざるを得なくなります。偽りの宗教の世界帝国である大いなるバビロンが,恥ずべき霊的売春を常に行なっていた相手,つまり政治勢力の手にかかって永遠の滅びへと下る時にそうなるのです。このことにより,清い崇拝の神に清い記録が残されることになるでしょう。
13 エホバが油そそがれた残りの者に対するどんな約束にしたがって行動されたので,彼らはどんな点で「ほかの羊」に対する立派な模範となってきましたか。
13 油そそがれた残りの者が現在に至るまで,語る面で何ものをも恐れない態度を示すことができたのは,エホバが次に記す約束にしたがって行動されたからにほかなりません。「見よ,わたしはあなたの顔を彼らの顔と全く同じように固くし,あなたの額を彼らの額と全く同じように固くした。わたしはあなたの額を金剛石のようにし,火打ち石よりも固くした。あなたは彼らを恐れてはならない。彼らの顔を見て恐怖の念を抱いてはならない。彼らは反逆の家だからである」。(エゼキエル 3:8,9)このように強化された残りの者は,立派な羊飼いであるイエス・キリストが,ご自分の油そそがれた残りの者の側に集めると約束された,増加しつつある「ほかの羊」の群衆に対して,勇気を与える模範となってきました。(ヨハネ 10:16。啓示 7:9-17)エホバの証人としてこれらの「ほかの羊」はライオンのように大胆になりました。
14,15 (イ)キリスト教世界の国々の内外で多くのエホバの証人たちが投獄を経験しているのは,彼らがどんな相違点を持っているからですか。(ロ)こうした投獄は,予想される事柄とは異なり,自由なエホバの証人たちにどのような影響を与えていますか。
14 エホバの証人は大いなるバビロンに倣うことはしません。したがって,キリスト教世界の国々の内外には,厳正中立の立場ゆえに投獄されて苦しみを味わっている,キリスト教の信仰における兄弟たちがいます。だからといって,まだ自由な立場にあり,投獄されていない証人たちが恐れを吹き込まれることはありません。そのことは,ローマにいた,使徒パウロのクリスチャンの兄弟たちの場合に見られたことに匹敵します。裁判の法廷でパウロはローマのカエサルに上訴し,その結果,裁判官は,「あなたはカエサルに上訴した。カエサルのもとにあなたを行かせよう」という判決を出しました。(使徒 25:10-12)それでパウロは鎖につながれてローマに運ばれ,そこで獄に入れられ,裁判を待ちました。ギリシャのフィリピ市にいた,心から愛する仲間のクリスチャンたちに手紙を書いて次のように述べたのは,そのような状況のもとでのことでした。
15 「そして,主にある兄弟たちの多くは,わたしが獄につながれたことのために確信を持ち,神の言葉を恐れずに語る勇気をいよいよ示しているのです」― フィリピ 1:14。
16 クリスチャンの兄弟たちが投獄されたにもかかわらず,自由なエホバの証人たちは,第一次世界大戦の直後にどんな特質を示しましたか。今日も同じ特質が必要なのはなぜですか。
16 幾分これと似た状況ですが,第一次世界大戦が1918年に終わった時,ものみの塔聖書冊子協会の本部職員の役員と成員が偽りの告発によって刑務所に入れられました。平和が訪れるや,彼らを確実に釈放するための勇敢な措置が,外部の兄弟たちによって速やかにとられました。1919年に彼らは刑務所から釈放され,彼らの罪状は破棄されました。このようにして,すべての偽りの告発に関して彼らは無実であると宣言されたのです。キリストによる設立された神の王国の良いたよりを宣べ伝える業は,大いなるバビロンとその情夫に挑戦しつつ,以前にも増して一層大きな勇気をもって始められました。今日では,第一次世界大戦当時よりもはるかに多くのエホバの証人が刑務所に入れられているため,「神の言葉を恐れなく語る」ことは,外部の自由な兄弟たちにゆずり渡されています。
耳を傾けることによってキリスト教世界に恥を被らせる人々
17 (イ)耳を傾ける気持ちのより強い人々に関して,エホバはエゼキエルに何と言われましたか。(ロ)だれのための集中的な努力が注がれた後,時宜にかなった注意が耳を傾ける気持ちのより強い人々に向けられましたか。どのように?
17 耳を傾けそうなのはだれか,という質問は興味深い質問でした。この点に関し,エホバはエゼキエルにこう言われました。「あなたは,その言語の理解できない,また,舌の重い民のもとに……その言葉をあなたが理解をもって聞くことのできない……民のもとに遣わされるのではないからである。もし彼らのもとにわたしがあなたを遣わしたのであれば,それらのものはあなたの話すことを聴くであろう」。(エゼキエル 3:5,6)この預言者は,自分自身の民に,つまりバビロンの地で捕らわれの身にあったイスラエル国民の人々に神の言葉を語り続けることを余儀なくされました。同様に,20世紀に入ってその30年代の半ばまで,霊的イスラエルの油そそがれた残りの者は,霊的イスラエルの最終的な成員を「小さな群れ」の「囲い」の中に集めることに努力を集中しました。天の父はその小さな群れに王国を与え,彼らが,請け戻された人類を祝福するためみ子と共に統治することをよしとされました。(ルカ 12:32)次いで,ヨハネ 10章16節のみ子の言葉,及び請け戻された人類と啓示 7章9節から17節との関連が再び考慮されましたが,それは時宜にかなったことでした。
18,19 1935年当時,「大いなる群衆」が,油そそがれた残りの者と「一つの群れ」になることになっていた「羊」であることを指摘するのに,何ものをも恐れない態度が必要だったのはなぜですか。
18 神のみ子であるイエスはヨハネ 10章16節で,「また,わたしにはほかの羊がいますが,それらはこの囲いのものではありません。それらもわたしは連れて来なければならず,彼らはわたしの声を聴き,一つの群れ,一人の羊飼いとなります」と言われました。
19 この時,「一人の羊飼い」の声を聴く「ほかの羊」として分けられることになっていた人々には,何ものをも恐れない態度が求められました。エホバの証人は,ナチ・ヒトラーが属するローマ・カトリック教会の僧職者を後ろだてとする,アドルフ・ヒトラーの率いる国家主義者の勢力の手によって火のような迫害を経験していました。したがって,そのような世界の背後事情のただ中で,ものみの塔協会の会長が1935年に,啓示 7章9節から17節(欽定訳)の「大いなる群衆」は,これらの予告された「ほかの羊」によって構成され,これらの人々は「この囲い」の中にいる,迫害されている油そそがれた残りの者と「一つの群れ」になるということを指摘するためには,強い信仰と,確信と,何ものをも恐れない態度が必要でした。それでも会長は,『神の言葉を恐れずに語ら』なければなりませんでした。そして会長はそのようにしました。
20 「ほかの羊」になる人々は,どのような反応を示してきましたか。それで「群れ」は今日どの程度の規模にまで拡大しましたか。
20 このそもそもの始まりから,幾百という大勢の人が答え応じ,エホバ神の「一人の羊飼い」を通してエホバ神に無条件の献身をし,公に水の浸礼を受けることによりその献身を象徴しました。そして今までに,第二次世界大戦で中断されたとはいえ,これらの「ほかの羊」は,205の国々で250万以上の人々から成る「群れ」を作り上げてきました。これらの国々の中には,1年を平均すると,王国の音信をふれ告げる献身した人々が7万人以上いる日本や,その数が3万人以上となっている韓国,及び10万人を超えているナイジェリアなど,キリスト教世界と呼ばれるところの外にある国もたくさんあります。
21 「一人の羊飼い」の呼び掛けにだれが答え応じたために,キリスト教世界は恥を被っていますか。
21 話される言語,特に宗教体制の宗教的な語が,キリスト教世界の人々にとっては難しく,幾分理解できないようなそれらの国々で,「一人の羊飼い」の呼び掛けに対してこうした反応が見られたことにより,顔も心も固いキリスト教世界が恥を被っていることは明らかです。キリストの「ほかの羊」となる人々は,世の思惑を無視し,神から与えられた彼らの指導者また救い主である「一人の羊飼い」のもとに群がり集まって立派な勇気を示しています。彼らは自分たちの羊飼いに倣って,神の言葉を恐れずに語ります。
22 世に直面していても,エホバの証人はどんな精神態度をもって神の言葉を語るべきですか。
22 この世に見られる,恐れに満ちた態度は深刻化しています。諸国民は悪霊の影響のもとに,最終的な決着をつける戦いのため,ハルマゲドンの戦場へと行進させられています。エホバの証人は傍観者として安全な場所に立ち,彼らの神が勝利を得るのを見守ります。彼らは,あらゆる戦争のうちで最大の戦争を生き残り,喜びにあふれた天軍に加わり,無敵の神エホバと,その強力な陸軍元帥であるイエス・キリストへの賛美を鳴り響かせます。(啓示 16:13-16)今は退却すべき時ではありません! では,エホバの証人の一つに結ばれた群れである皆さん,水が海を覆うように,地がエホバの栄光に関する知識で満ちる時まで,『神の言葉を恐れなく語ること』において前進してください。―イザヤ 11:9。エゼキエル 47:1-5。
お気づきですか
□ エゼキエルはバビロンでどんな経験をしましたか。現代には,それに相当するどんなものがありますか
□ 神の民は,僧職者の態度ゆえに,神の言葉を広める点で何ものをも恐れないでいる必要があります。それはなぜですか
□ エホバの献身した民は,どのように自分たちの音信を,『言葉の理解できない民』に宣明してきましたか
□ 現在また将来において,あなたはどんな態度を示す必要がありますか
-