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真の安全はどこにありますかものみの塔 1968 | 2月15日
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真の安全はどこにありますか
およそ3000年前にイスラエルの忠実な王ダビデは真の安全のありかについてその信ずるところを次のように書きました。「われ安然にして臥またねぶらんエホバよわれを独にて坦然にをらしむるものは汝なり」。(詩 4:8,文語)しかしこのことばが書かれてのち,真の安全を求めてエホバにより頼んだ人は非常に少ないと言わねばなりません。人々は銀行預金,養老保険,退職金などに希望を託してきました。世界の経済は急速に変化することがあり,経済的な保障のみに安全を求めるのは全くあやういことです。
この時代のうちにエホバは楽園を地に復興されます。そのことを示す証拠が十分にある以上,安全をエホバに求めるのは全く理にかなっています。アメリカ,コネチカット州でエホバの証人の家をおとずれた保険の一外交員は,このような考え方に接して驚かされました。そのエホバの証人はその時のことを次のように語っています。
「その外交員はきわめて有利な保険のことにつき数分をついやして説明したいと述べました。そこで私は安全と退職後の計画について彼の述べることに耳を傾けました。そのまじめな態度には好感が持てましたが,今世紀の終わりまでに私の家族が得る益について説明するのを聞いて微笑せざるを得ませんでした。それに気づいて彼は言いました,『真の安全を求めるうえにこの種の計画は最も当を得たものではありませんか』。
「『真の安全ということについて私の考えはあなたの考えと雲泥の差があるのです』と私は答えました。『それはどういうことですか』と問われた私は『喜んでご説明しましょう』と答えて聖書をとりあげ,私が真の安全と考えるものについて説明したのです」。
話は3時間以上つづきました。保険の話が5分で聖書の真理についての話が3時間です。「どうしてそれがほんとうだとわかりますか」と,その人はなんども尋ねました。それに対して,「ご自分で注意ぶかく組織的に,また徹底的に調べなければ,知ることも確信することもできません」と奉仕者は答えました。
1か月ほどたってこの保険の外交員から電話があり,先の話し合いの時に使ったような口語の聖書を入手したいとのことでした。そこでこのエホバの証人は聖書と聖書の手引き1冊を会社に届けることを約束しました。それを受け取った保険会社の人は「あなたがすすめるように聖書を勉強すれば,何が得られますか」と尋ねました。あなたなら何と答えますか。その奉仕者は次のように答えたのです。「神についての真理また地球と人間に対する神の目的についての真理を知る満足が得られます。また神の恵みを得,約束されている新しい秩序の下で生命を得るに値する者になれます。真の,そして永久の安全が得られることは言うまでもありません」。
「どなたかに毎週,聖書を教えていただきたいと思いますから,よろしくとりはからってください」と依頼されて,さっそくその願いに応ずることのできた証人の喜びを想像してください。この保険の外交員はいま聖書の真理を学んでおり,よい進歩を見せています。
真の安全を得るために,いま積極的に行動するこのような人は,ほんとうに幸いです。エホバ神から与えられるこの安全は最も確実なものです。神の新しい秩序には戦争や欠乏の不安はありません。神はそのことを保証されました。(詩 72:7,16)人間はそのときエホバの御手の陰に安全を得るでしょう。「わたしはあなたを安らかに伏させる」とエホバは約束されました。―ホセア 2:18。
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読者からの質問ものみの塔 1968 | 2月15日
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読者からの質問
● 聖書の創世記 14章7節はアブラハムの時代における「アマレクびとの国」のことを述べています。アマレクはその時まだ生まれていないのに,このように述べられているのはなぜですか。(創世 36:15-19)― アメリカの一読者より。
創世記 36章12,15-19節に示されているように,エサウの孫アマレクはエドムの14人の族長のひとりでした。また「アマレクの」名は彼の子孫の部族をさして用いられています。(申命 25:17。士師 7:12)アマレク人の起源がこれよりも遙かに古く,彼らがエサウの孫アマレクの子孫ではないという説は,実質的な根拠に基づいていません。たとえば紀元前2000年頃の楔状文字の記録に出ているメルクカという土地に住む人々をアマレク人と同一視する説があります。しかし考古学上の発見によれば,メルクカは想像に反してシナイ半島あるいはアラビア西部の土地ではなく,インドにあった土地でした。
アマレク人がアマレク以前に存在したという説を裏づけるため,民数記 24章20節にあるバラムのことわざ風のことばが時にひかれます。「アマレクは諸国民のうちの最初のもの,しかし,ついに滅び去るであろう」。しかしこれは前述の説を裏づけるものではありません。バラクは歴史一般また7世紀半前にさかのぼる諸国民の起源を述べているのではなく,イスラエル人との関連においてのみ歴史にふれているのです。約束の地にはいろうとしていたイスラエル人をのろうためにバラムはやとわれました。ゆえにイスラエル人の敵としてモアブ,エドム,セイルをあげてのち,バラムはエジプトを出て約束の地にむかうイスラエル人に敵対する者のうち,実際にはアマレク人が「諸国民のうちの最初のもの」であり,それゆえに「ついに滅び去る」ことを宣言しているのです。結果としてエホバはアマレク人に対し絶滅を宣告されました。―出エジプト 17:8-16。申命 25:17-19。
しかしエラムの王ケダラオメルと同盟者の王たちに関して,「彼らは引き返してエン・ミシパテすなわちカデシへ行って,アマレクびとの国をことごとく撃ち」と述べた創世記 14章7節のことばについてはどうですか。ここでモーセはアマレクが生まれる以前のアブラハムの時代の出来事を述べています。しかしアマレク人がアマレク以前に存在したことを示しているのではなく,モーセの時代の人々に理解できる用語でその地域を描いているのです。それで創世記 14章7節は,後代になって有名なアマレク人が住み,所有した地のことを述べています。
● 大みそかの晩に仲間のクリスチャンを自分の家に招待することは正しいですか。―カナダの一読者より
徳を高める交わりまた娯楽のために仲間のクリスチャンを家に呼ぶことは間違いではありません。しかしそれが世間的な行事の日と全く一致するならば,このような集まりを計画し,あるいは出席を決める前にクリスチャンの考慮すべき事柄があります。
風習は国によって異なりますが,多くの場所では12月31日の晩,夜半まで起きていて「古い年を送る」昔からの風習があります。この晩は節制のない飲酒,異性間の放縦な行ない,贈り物,新しい年には心をいれかえる約束の機会となっていることが少なくありません。多くの国における現代の風習は異教の祝いと直接に関連しています。ワールド・ブック百科事典1966年版第14巻237頁に次のことが出ています。「古代ローマにおいて1年の初めの日は門と入口の守護神で事の初めと終わりをつかさどる神ジェイナスをあがめる日であった……元旦は西暦487年に割礼の祝いの日とされ,以来キリスト教会の聖日となった。初めこの日にパーティーは許されなかった。異教徒がそれをしたからである。これは次第に変化して祝いをすることがふたたび出来るようになった」。(くわしくは,1958年1月8日号「目ざめよ!」の3,4頁をごらんください)
今はクリスチャンとなった人も,聖書の教えに一致した生活をするようになる前にこのような奔放な生き方をしたかもしれません。しかし今では霊感による次のすすめに従っています。「宴楽と泥酔,淫乱と好色,争いとねたみを捨てて,昼歩くように,つつましく歩こうではないか」。(ローマ 13:13)また「彼らも世のものではありません」と言われたイエスのことばに一致する生き方をすることに熱心に努めます。(ヨハネ 17:16)それでクリスチャンは異教と関係のある大みそかの祝い事を避けるでしょう。そのことに疑問の余地はありません。
しかし「やみのわざ」を行なっている人々がその日を悪用しているからと言って,クリスチャンはその日に互いの交わりを避けねばならないということになりますか。(ローマ 13:12)そうではありません。世俗の仕事が休みになるのを利用してその日に何人かのクリスチャンが集まることを計画する場合もあるでしょう。西暦33年の五旬節ののち,エルサレムのクリスチャンは「家ではパンをさき,よろこびと,まごころとをもって,食事を共にし」ていました。(使行 2:46)仲間のクリスチャンとの交わりや,話し合われた霊的な事柄は,これらの信者にとってきわめて有益なものであったに違いありません。今日のクリスチャンの集まりも,語られること,行なわれることが聖書の原則に支配されているなら,同様の効果をもたらします。
12月31日にこのような集まりを計画しているか,出席を考えているならば,それがどんなものかを考慮するだけでなく,自分の動機を調べると良いでしょう。集まりはその日が大みそかであるという理由で計画されていますか。あるいは集まりの日が大みそかにあたるという理由で特別な熱意がいだかれていますか。行なわれる事柄,集まりを散じてのちの時間は,世の人々がこの日に行なうことの模倣とも見えるものですか。そうとすれば,どんな理くつをつけてもそれは正月を祝うものであり,世の道にならうものであってクリスチャンのものではありません。
それでこの事に関して“規則”を設ける必要はありません。クリスチャンが正しい動機で集まり,その行ないがすべての面でクリスチャンにふさわしいものであれば,どんな日であっても,それが世の中
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